のんびりdiary

日々、思い悩み感じたことを綴ります

予定

本来なら金曜日でなくなる予定であった薬を、半量にしたり
できないものは抜いたりと遣り繰りしながら今日を迎える。

今日の夜を飲めば0である。

明日は主治医がいる日である。
つまり、明日。受診せねばよろしくない。

その予定が。

母と揉めた。

今週は母が早出である。出勤は車なので、わたしが運転する。遅出の人間は30分、時間を潰す。
帰りも同様。早出の人間はボランティア。

明日、施設の改修や補修のために、お偉いさんがいらっしゃる。

明日帰れない、から母の言い分が始まった。

自分は早出なのになぜ対応せねばならない
遅出が対応すればよい
わたしばかり仕事を押し付けられている
わたしばかりが仕事をしている

「明日、病院の日」

わたしの、その言葉で母は噴火。

だからなに
病院といわれても関係ない
わたしは早出、あなたは遅出
知らない

母が病院の日はこちとら協力しているではないか
早出なのにというなら車に乗らず自分で出勤しろ

という言葉は飲み込んだ。

明日、病院に行かなくても別にいいよ。
次の金曜日に行けばいい。

でも、マミーよ。

マミーが飲んでいる薬は安定剤だ。
わたしが飲んでいる薬は抗うつ剤だ。

そこのところ考えてくれ。

明日はなんとかなるが。明後日は使い物にならないぞ。

母は抗うつ剤も安定剤も同じように考えているところがある。
1つ飲めば元気になる。それはデパスだ。抗うつ剤ではない。
飲まなくても気力でどうにでもなる。それはデパスだ。抗うつ剤ではない。

抗うつ剤を急に止めたときの辛さ。そして危険性。

車、事故するよ。真面目に。
体が思うように動かないのだから、単純な運転技能ですら危うい。頭も思うように働かないのだから反射、判断も危うい。

リバウンドもする。体重ではなくて精神的なリバウンド。
一定で保っていたものが一気に落ちるのだ。
「ガクーン」ではない。「ドカーン」である。

抗うつ剤とはそういうものなのだ。

どうして先週の金曜日に行けなかったか。
事情は良く知っているだろうに。

1日止めた抗うつ剤を1日戻したからといって、調子が戻るというわけではない。

1日でも抗うつ剤を止めたら、調子が戻るまでに何日も引きずるのだ。

そういうものなのだ。

明日、病院に行けなくても別にいいよ。
次の金曜日に行けばいい。

さっき仕事が終わって帰宅した。眠剤を飲んで仮眠摩るつもりであったが、 時間的に厳しい。

デパスにした。効いてきている。

とりあえず17時まで仮眠しよう。